密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。過去に別名でAmazonのレビュー欄に掲載したものとそちらには未掲載のものがあり、後者は「Amazonレビュー欄未掲載」タグをつけてあります。

海外では無名。出身地のドイツでも知られていない。どうしてそれが日本で?「バイエルの謎: 日本文化になった教則本」

著:安田 寛

 

 本書にあるように、1990年代に批判を浴びるようになってから人気はもうひとつになってきたものの、かつて日本で最初にピアノを習うときの教則本といえば「バイエル」だった。

 本書は、この教則本を生み出したバイエルとは誰なのか、それが日本で絶大な人気を誇る教材となったのはなぜなのかについて迫った本である。

 日本における「バイエル」は、ニューイングランド音楽院ピアノ教師のエメリーという人が選定して「音楽取調掛」の生徒が最初に使用したのがはじまりらしい。

 この「音楽取調掛」にかかわった奥好義という人が「バイエル」教則本を改編し簡略化した「洋琴教則本」を出版する。そこに、絶対音感教育の重要性を説く園田清秀が、和声教育用のテキストとして「バイエル」に目をつけ、大幅に拡張を行ったものを出版。

 さらに、「たなかすみこ」のペンネームを持つ田中スミが、「いろおんぷばいえる」という形で改良。そして、酒田冨治がこれを体系化したという。

 

「バイエル・ブームを準備したのは、園田清秀のバイエル改良であった。それを受け継いだ一宮道子、田中スミ、酒田冨治のバイエルによって、戦後高度経済成長期にピアノが爆発的に普及すると、爆発的なバイエル・ブームが招来された。そして、それはバイエル文化として見事に花開いたのである」。

 
 実は、バイエルという人は本場ドイツではほとんど知られておらず、著者はわずかな手がかりから、アメリカの図書館やドイツの地方の協会の記録を探し歩いて、その足跡を見つけてゆく。この過程は、非常に困難で忍耐力を要するものである。

 

 そして、母方のおじいさんとひいおじいさんが教会のオルガン奏者であることがバイエルという人が音楽家になった背景にあること、バイエルはオペラをはじめとする数々の作品をやさしく弾けるように編曲して一般の音楽愛好家用の楽譜として出していたこと、墓のあった場所などを突き止めてゆく。また、教則本としての「バイエル」の意味についてもそこから推論を重ねている。

 文庫本あとがきでは、その後の他の研究成果についても簡単に紹介。特に、グーグル・ブックスで探すだけで著者が何年もかけて調べたことが出てくるようになったり、本書にも出てくる他の研究者が「バイエル」の自筆譜を見つけたことについて触れている。

 数多くの偽説を退け、バイエルとは誰で、なぜ日本に広まったのかを時間をかけて丁寧に調べあげた成果をつづった本で、大変面白かった。

 

文庫、309ページ、新潮社、2016/2/27

バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)

バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)

  • 作者: 安田寛
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/02/27
  • メディア: 文庫