密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

名曲の数々を送り出した作曲家が残した著作。『昭和歌謡1945~1989 歌謡曲黄金時代のラブソングと日本人』

著:平尾 昌晃

 懐かしい空気が漂っている。ずらりと並ぶ、戦後に生まれた昭和の名曲たち。これらを、年代別の傾向の変化や秘話と共に語った本。昔の歌を振り返る企画はTVではおなじみだが、本書は以下の点で特徴がある。

 まず第一に、昭和を代表するメロディーメーカの一人が書いているということ。著者は作曲家として「よこはま・たそがれ」など多くの曲を世に送り出しているし、古くは「星は何でも知っている」で有名になった歌手であり、「カナダからの手紙」でデュエット曲もヒットさせている。

 作曲家や歌手としての経験に基づく視点や洞察力はさすがで、同時に、息の長い音楽活動から昭和の歌謡曲への想いが随所に宿っている。

 第二に、自身のエピソードが随所に盛り込まれている点である。石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」に出演した頃。どちらも下積みが長かった五木ひろしと中条きよしを、それぞれ山口洋子とのコンビでヒットさせたときの話。

 小柳ルミ子が「結婚なんかしたくない!」と言ったことから「瀬戸の花嫁」が生まれる。互いに酒が飲めない作詞家の山上路夫とのコンビで「二人でお酒を」を作り、階段に腰掛けて歌うというスタイルで長年ヒットに恵まれなかった梓みちよをカムバックさせる。海のイメージではないと反対して布施明に「霧の摩周湖」を作る。

 アグネス・チャンを日本に連れてくる。松田聖子が著者のスクールの福岡校でレッスンを受けていたときはボイストレーニングをしなかったそうで、「天性の売れる声」だったという。歌謡界に身を置いていて見聞きしたことも、数多く盛り込まれている。

 第三に、歌というのは、歌手のもので無ければ、作曲家や作詞家のためのものでもなく、多くの人に愛され歌われるべきものなのだという、強い信念が全体を貫いている点である。

 

 だから、この本は単なる名曲及びそのエピソード紹介にとどまっていない。それぞれの曲を歌うときにどのようなところに注意したら上手く歌えるかについても、丁寧にアドバイスを入れている。

 昭和は遠くなりつつある。もう平成さえも終わる。しかし、激動の時代を彩った名曲の数々は、人々の記憶の一部となり、今も愛され、さらにそのうちのいくつかは昭和をよく知らない次の世代にも受け継がれている。

 多くの人に歌われてこそ歌。「うた先案内人」を自称する著者の、歌に対する熱いメッセージがこめられた本である。昭和歌謡が見直されている昨今、その空気を、エピソードを、背景を、ヒットメーカー本人の言葉で知ることができる貴重な著作である。

 

新書、269ページ、廣済堂出版、2013/10/19

昭和歌謡1945~1989 歌謡曲黄金時代のラブソングと日本人 (廣済堂新書)

昭和歌謡1945~1989 歌謡曲黄金時代のラブソングと日本人 (廣済堂新書)

  • 作者: 平尾昌晃
  • 出版社/メーカー: 廣済堂出版
  • 発売日: 2013/10/19
  • メディア: 新書