密林の図書室

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首席侍女としてマリー・アントワネットを支え、ルイ16世に信頼され、のちにナポレオンからも厚遇された才女の激動の生涯。「カンパン夫人:フランス革命を生き抜いた首席侍女」

著:イネス・ド・ケルタンギ、訳:ダコスタ吉村花子

 

「私たちが生まれる時代を選んだのではありません。天の思し召しによって、試練の時代に生まれたのです」

(カンパン夫人からオルタンス・ド・ボアルネ宛の手紙より)。


 ジャンヌ=ルイーズ=アンリエット・ジュネ(1752-1822)。結婚後はカンパン夫人と呼ばれ、フランス革命の激動を生き抜いた女性の生涯をまとめた本である。

 カンパン夫人が、陰謀と悪意のある噂と誤解と根も葉もない中傷まみれになってしまったマリー・アントワネットとルイ16世について、本当の姿はどうだったのか正しい記録を残そうと全身全霊を傾けて書き上げた『回想録』や、おびただしい量の書簡、老いた彼女が語った内容を書き留めた医師の記録などに基づいている。

 本書ではアンリエットと呼ばれることが多いカンパン夫人は、幼いころから非常に記憶力が良く、勉強が好きだった。

 女性が優れた教育を受ける機会が少なかった時代において、その非凡なまでの頭の良さに気付いた父親から詩や戯曲を教えられ暗唱させられ、世間の評判を呼ぶ。

 15歳になったときには、フランス語だけでなくイタリア語と英語も自在に操り、あらゆる楽器も弾き、しかも性格も謙虚な才女として知られる。そして、ルイ15世の娘たちの朗読係として抜擢され、ベルサイユ宮殿に入る。

 オーストリアからマリー・アントワネットが嫁いできた後は、様々な陰謀と利権が渦巻くベルサイユで苦労するこの3歳違いの皇太子妃の信頼を得る。アンリエットはマリー・アントワネットの侍女となり、2人の信頼関係はやがて固い絆に変わってゆく。

 アントワネットの計らいでアンリエットは名門カンパン家の子息と結婚。放蕩な夫には苦労するものの、誠実な義父とともに王家を支える役割を担う。そこに、フランス革命の足音が近づく。


 国中に不穏な空気が充満し、マリー・アントワネットとルイ16世に対して、世間はあらゆる誹謗中傷と罵声を浴びせはじめる。国王と王妃はベルサイユ宮殿からパリへの移動を余儀なくされ、叫び取り囲む群衆たちと身内の裏切りの中で日々命の危険にさらされながら軟禁状態に置かれる。ヴァレンヌ逃亡計画も失敗に終わる。

 

 どんな逆境においても、いや苦しい立場になればなるほど毅然とふるまうマリー・アントワネット。王妃付き主席侍女として最後まで一心に王妃と国王に忠誠を尽くしたアンリエットが『回想録』に残した記録とエピソードの数々は、生々しく、そして痛々しい。

 アンリエットは、用心のため夜も王妃の近くで休み、裏切り者が深夜に王妃の命を狙いに来た時には素早く察知して危機を救う。

 革命勢力の監視下で窮地に追い込まれたルイ16世は、戦争の決定の記録など国政に関する重要な書類の束を最も信頼できる彼女に託す。やがて捜査の手がアンリエットにも及んだとき、彼女は後にそれを聞いた国王本人が称賛する完璧な手際で、ルイ16世が裁判にかけられることを想定して弁護において有利になるものとそうでない証拠をえり分けて適切に処置する。

 フランス革命によって王家を襲った危機は、本当に忠実な者とそうでない者、聡明な者とそうでない者をあきらかにしてゆく。様々な人々がルイ16世とマリー・アントワネットを裏切る中で、アンリエットは忠誠を守り続け、それゆえに世間の非難は彼女にも向けられてゆく。一歩間違えれば、彼女も殺害されていたか、断頭台の露に消えた一人になっていた。

 しかし、ルイ16世とマリー・アントワネットが処刑され、彼女は主を失い、地位も財産も失う。残ったのは、夫が築いた膨大な借金。アンリエットは、そのような絶体絶命の苦境と激動の時代の中で、頼れぬ夫に代わって家族を養う義務も負うことになる。

 そして今度は、当時ほとんどなかった女性の教育の場を作るためにエネルギーを注ぐことを決意し、立ち上がる。目標は、新しい時代において、ひるむことなく未来に向かう気概と教養を持った女性を育てること。

 高い知性と、高潔な人柄、信仰心。そして19年間にわたって王家に仕えた者だからこそ教えられる実体験に基づく、高貴な女性が本当に身につけなければならない素養と心構え。彼女が苦労の末に立ち上げた寄宿学校は、世間の評判を呼ぶ。


 名家の娘だけでなく、後に第5代アメリカ大統領になった在仏アメリカ公使ジェームズ・モンローはじめアメリカ大使館員の娘たちも、この「サン=ジェルマン学院」へ入学する。彼らは、革命のため価値が混乱しているフランスの通貨ではなく米ドルでの支払いを申し出てくれて、学院経営の安定に寄与する。

 

 さらに、後に若きナポレオン・ポナパルトと結婚するジョセフィーヌの娘オルタンスも彼女の生徒として加わる。これをきっかけに、実力主義を何より重んじるナポレオンと知り合ったアンリエットは、多くの支援や優秀な生徒への奨学金を得る。

 ちなみに、オルタンスはオランダ王室へ嫁いだ後もアンリエットとひんぱんに連絡を取り合う仲になっているため、以降のアンリエットの後半生はオルタンスとの書簡を中心において描かれている。

 アンリエットは皇帝になったナポレオンが設立した「レジオン・ドヌール教育学院エクアン校」校長にもなる。

 しかし、やがてナポレオンの時代は終わりを告げる。王政復古の時代の中で、ルイ18世の新政府と王党派は帝政下で成功を収めたカンパン夫人に厳しく、彼女はついに歴史の表舞台から去る。尚、「サン=ジェルマン学院」は場所を変え、今も「ノートル=ダム学院」として続いているそうだ。

 フランス人らしい少しくどめな表現も含め、かなり緻密に書かれている。特に、カンパン夫人の『回想録』はマリー・アントワネットについての第一級の資料として有名であり、精根こめて慎重に綴られたであろう宮廷内部の陰謀や事件や逸話の数々には、かなり引き込まれた。

 ただし、彼女の回想録は、マリー・アントワネット最大のスキャンダルの相手であるフェルセンについては、名前すら一切記述していないという。それによって、真実のみを書くという姿勢と、亡き王妃の名誉及び秘密を守るべき元首席侍女としての立場の折り合いをつけているかのようだ。

 ナポレオン一族および彼の宮廷についても、たくさんの人々から回想録を書かないかと打診されたくらいの付き合いがあった。

 本書は、ルイ15世~フランス革命~ナポレオン時代~王政復古の激動をその主役たちに近いところで目の当たりにしながら生き抜いた、まるで大河ドラマのような女性の記録である。感銘を受けた。

 

単行本、332ページ、白水社、2016/8/24

カンパン夫人:フランス革命を生き抜いた首席侍女

カンパン夫人:フランス革命を生き抜いた首席侍女

  • 作者: イネス・ド・ケルタンギ,ダコスタ吉村花子
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2016/08/24
  • メディア: 単行本