密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

介護漂流: 認知症事故と支えきれない家族

著:山口 道宏

 

 平成26年版高齢社会白書によると、日本の要介護高齢者数は545万人を超えるという。このうち8割の人が在宅である。

 この在宅介護の問題を中心に据えながら、高齢化社会における介護の現実と課題について具体例をあげながら示した本。介護を受ける側だけでなく、介護を支える側への視点も手厚くなっている。

 国は、病院・施設より在宅へ、という方針を掲げている。多くの人が家にいたいと願うし、何よりその方が国の出費は抑えられる。だが、要介護の高齢者を支えるのは大変なことだ。「認知症の介護はプロでも難しい」という記述もある。家族の負荷は重く疲労する。象徴的な事件として、本書では2007年に発生した認知症患者の鉄道事故の賠償問題に多くのページが割かれている。

 高齢者の単身化。貧困化と不健康の悪循環。人と人のつながりが希薄な現代では在宅は孤独死や孤立死につながる場合もある。

 一方、薄給で激務である介護士は不足している。毎年10万人ずつ増えている介護離職。施設の不足や厳しい入所条件。2013年に全国の特養待機者は52万人を超えている。介護保険の問題点。朝令暮改の福祉政策。「地域包括ケアシステム」の問題点。次のような声まである。

 

 

「これからの勝ち組は、病気になってさっさと死ぬことよ。癌なんかは案外いいかもしれないわね。すぐ死ぬわけじゃないから、覚悟とか準備ができるじゃない」

 
 要介護の高齢者たちの在宅を中心に、具体的な事例を積み重ねながら、いろいろな角度から介護の問題を取り上げている。読んでいて、絶望的な気持ちになるくらい、非常に重い内容である。

 ただ、非常に多くの問題や課題が示され、国に対する批判が書き連ねられているのだが、ではどうすればいいのか、という具体的な改善点や提言は少ない。国が悪いというのは簡単だが、加速する我が国の少子高齢化と非常に厳しい財政事情を考えると、いくら批判したところでそれだけは解決につながらないのは明らかだ。どうすればよいのか、もっと現実的で具体的な改善策を示すべきである。

 尚、終盤で編者は、「サービス利用時の負担にまで所得で大きな差をつけることには、もっと慎重であってもいいのではないか」というように富裕な高齢者にさえ負担増を求めることを慎重な態度をとる一方で、若年層に不利になっている現在の年金の世代間格差を是正することに対しては強く反対している。しかし、それでは今よりさらに少ない年金しかもらえない若年層が齢をとった時にはもっともっと深刻な事態に追い込まれてしまうだろう。このような点も含め、福祉制度として持続可能で具体的な提案を行うべきである。

 

単行本、229ページ、現代書館、2016/4/15

介護漂流: 認知症事故と支えきれない家族

介護漂流: 認知症事故と支えきれない家族