密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

国立がんセンターならではの科学的な解説。『「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで 』

編集:国立がん研究センター研究所

 

 がんは遺伝子の病気である。遺伝子の傷が30-100個程度積み重なることから生じ、がん細胞では染色体異常がたくさん起こっている。我々の体は遺伝子の傷を修復する仕組みが備わっていてRb1やp53のようにがんを抑制する遺伝子もあるのだが、高齢になるにともない、遺伝子の傷が蓄積し同時に修復メカニズムも衰えてくると、がんになりやすくなる。一般にがん細胞は核が大きく、細胞の大きさや形がバラバラ。分化せずに増殖し、アポトーシス(プログラムされた細胞の死)にも抵抗する。

 

良性腫瘍と悪性腫瘍の違いとして、本書では以下の3点があげられている。

1.自立性増殖:体内の制御機能を逃れ、増殖を続ける

2.浸潤と転移:浸潤とは水が少しづつ染み込むようにがん細胞が周囲の組織に入って腫瘍が拡大すること。転移とは血流もしくはリンパ系に入って体のほかの場所でも腫瘍をつくること。

3.悪液質:栄養不良に体が首位弱した状態を作り、体重が減少する。全身の慢性炎症がおきるからだと考えられている。

 

 がん細胞のやっかいな点は、変異することである。生体はがん細胞を駆逐しようとする。その中で、生存に適したがん細胞だけが生き残り、増殖してゆく。転移においても、転移先の環境に適した形の変異をしたものが生き残る。異なる種類のがん細胞が体のあちこちで増殖する事態になるとやっかいになる。どうしてがんで死ぬのか?という問いには、「転移が起きるから」と答えられるという。

 

 がんは生活習慣との関係がある。遺伝との相関関係性はそれほど高くない。がんを引き起こす要因としては、喫煙、飲酒、ストレス、化学物質、カビ毒、ウィルス、放射線、紫外線、細菌、寄生虫、といったものがある。がんの原因が異なるとゲノムの変異も異なる。一人ひとりの変異も異なる。さらに、時間や転移によっても変異が変わる。これががん治療を難しくしている点で、ひとつの抗がん剤が効いたとしても効かなかった一部がまた増殖を始める。

 がんにも免疫の仕組みが働くが、進行するがんはこれを回避するいくつかの仕組みを持つ。この仕組みを解明し、免疫によってがんを治療する研究が行われている。特に、がん細胞が攻撃してくるT細胞を無力化するシグナルを送る機能を阻害する免疫チェックポイント阻害薬には期待がかかっている。

 

 がん幹細胞では、生殖細胞や未分化細胞と同じく、テロメアの長さを維持するテロメアーゼ活性が高いため、次々増殖する。これを抑制すればがん幹細胞の増殖を抑えられるかもしれない。また、老化細胞が体内に蓄積することで慢性的な炎症が発生すると考えられている。がん幹細胞は化学治療や放射線治療が効きにくく、病巣の奥にすんでいる。

 

 2016年のすべてのがんの5年以内生存率は69%で、10年前に比べて7ポイント上昇している。

 近年は分子標的薬が登場しており(標的に結合する低分子化合物と標的に対する抗体の2通りがある)、細胞の異常な増殖を引き起こすたんぱく質の動きを抑制する道が開けてきた。

 がんの治療には、早期発見・早期治療が良い。しかし、がんの発見は簡単なものではない。そこで、miRNAを調べるといった、より簡易にできる発見方法の研究も進んでいる。

 

 がんの予防のためには、「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重の維持」の5つが重要になる。アスピリンに大腸がん予防効果があることが発見され、薬で予防する研究もおこなわれている。がんゲノム治療の研究もスタートしている。

 

 BlueBacksらしく、科学的な観点から詳しく書かれている本である。近藤医師の「がんもどき」なる一見わかりやすいがいい加減な本とは全く違う。ただ、良い本だが、きちんと科学的に原理や理由を説明しようと丁寧い書かれているので、素人にはちょっと敷居が高いかもしれない。

 

新書、286ページ、講談社、2018/6/20

「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで (ブルーバックス)

「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで (ブルーバックス)

  • 作者: 国立がん研究センター研究所
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: 新書