密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

芸術の東大。芸術の卵たちを育てるゆりかご。「最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常」

著:二宮 敦人

 

 ぱっとみて、「きっと面白いな、この本」と思ったが、実際は、その予想よりさらに面白かった本。国立の芸術大学である東京藝術大学(藝大)について、個性豊かな多くの在学生たちへの取材を重ねてまとめてある。

 著者は小説家。学生結婚した奥さんが東京藝大生で、一緒に暮らしていてあまりにいろいろ面白いことがあるので、そもそも東京藝大っていったい。。。と素朴に関心を抱いて取材を始めたらしい。

 「芸術界の東大」とも称されることがある藝大だが、大学受験の最難関である東京大学理科3類の平成27年度志望倍率は4.8倍であるのに比べ、東京藝大の最難関とされる絵画科の志願倍率はその3倍をゆうに超える17.9倍。藝大全体でならしても7.5倍。昔は60倍を超えていたこともあるという。だから、3浪くらいは当たり前。現役合格率は2割だという。

 このように、優れた才能を持った芸術家の卵を選りすぐって育てる使命を持った大学なので、一般の大学とは試験問題も大きく違っており、「人を描きなさい(時間:2日間)」というような感じである。募集定員も少なく、指揮科のように入学定員は1学年2人だけという科もある。

 こんなトップレベルの芸術大学に集まった人たちは、やはりハンパではない。音楽を専攻する学科が集まった「音校」と、絵画や彫刻などを専攻する「芸校」に大きく分かれており、その2つで個性が違うし、さらにその中でも実にたくさんの専門課程に分かれていて、それぞれ異なった特徴がある。また、違う個性やジャンルの人同士が、反応しあい刺激しあい、新たな創造が生まれることもおきているようだ。

 練習とレッスンの間に年間50の本番をこなす多忙なホルン専攻の学生。野宿しながら落書きを続け、ホストクラブを経営した挙句、刺青を彫ってみたくなって日本画を目指して藝大に入ったと言う人。「現代の田中久重」と呼ばれ、超精巧からくり人形作りに熱中する若者。おそらく最初で最後の「口笛」で藝大に入った人は、「国際口笛大会」の優勝者(そもそもそんなコンクールがあるのか)だという。

 先端芸術表現科のアーティストは、荒川に楽器を沈めたり、アスファルトの車を作ったりしている。保管場所が無いので、写真を撮ったら壊すという。三味線では全国コンクールで4回優勝し、現代のテイストを巧みに取り入れている人気の奏者もいる。油絵画科であっても、発表会では油絵以外の作品の方が多く、それでも構わないそうだ。彫刻や先端芸術や工芸は設備面でも様々なものが必要でハードな肉体労働も要求されるが、いろいろな設備があってその点ではかなり恵まれているといえる。

 教授たちもみんな芸術家なので、「君の絵はここにある。俺の絵はアメリカにある。愛だね!」で講評が終わったりと、意味不明のエピソードに事欠かない。学生の数が少ないので先生と生徒の距離は近いが、「芸術は教えられるものじゃない」と先生から最初に言われ、基本技術を教えたらあとは本人の自主性と才能と熱意に委ねられているケースも多い。10年に一人天才が出ればいい、というような考え方もあるようだ。

 なかなか社会で食える世界ではないので、デザイン科については就職する人が多いものの、それ以外は進路が不明というケースがずいぶんある。それでも、芸術をさらに追及するために大学院に進む人は多く、海外へ留学する人もかなりいる。

 話には聞いたことはあるが、「ニッポンの文化芸術を背負うのは、お前らじゃァ!」と、学生に学長が言い放つ場面もあったという藝大の学園祭の様子は、創造と表現の可能性に挑戦するエネルギーにあふれ、かなりパワフルだ。面白かった。

 

単行本、288ページ、新潮社、2016/9/16

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

  • 作者: 二宮敦人
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/09/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)