密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

パンの歴史 (「食」の図書館)

著:ウィリアム ルーベル、 訳:堤 理

 

「新鮮さはそれ自体に価値がある。しかし歴史的に見ると、パンはあたたかいうちに食べられたことはなく、実際、現代にいたるまでの健康指南書は口をそろえて、焼きあがって1日おかなければパンを食べてはいけないと述べていた。パンは冷めるまでめまぐるしく変化を起こす」。


 パンの話。厳密に歴史を解説した本というより、推論や主観を交えて自由に書かれている。翻訳モノで、著者はアメリカ在住のフードライター。

 紀元前4000年頃にイラク南部に成立した古代都市ウルクやそれに続くメソポタミア文明古代エジプト、さらにはギリシャ・ローマにおいて、パンは経済や食の基盤だった。それがヨーロッパに広がり、アメリカ合衆国やカナダやオーストラリアへも拡散する。今から2万5千年前には、麦はまだ野生種のものだったが、パンを焼くことはすでに始まっていたという。

 品種改良が進む以前の昔の麦は、実を取り出すのが大変だった。大麦は殻と実が癒着していたし、小麦は殻が固すぎて容易に脱穀できなかった。このため、臼が活躍し、その後により分けた。パンを膨らませる発酵には、乳酸菌による自然発酵(サワードウと呼ぶすっぱい生地になる)か、酵母を使う。古くには醸造、特にビール作りの酵母が利用されてきたらしい。ヨーロッパにはローフブレッドとは別に、平焼きパンの歴史もある。

 初期のキリスト教の聖者たちは粗末な黒パンを食べていた。しかし、文化的には、小麦で作った「白いパン」が裕福な人達の象徴となってゆく。現代のロシアとその周辺国では生活水準向上とともにライ麦パンが減って小麦のパンが増えているが、西側でもかつてはそのような流れがあった。

 冒頭に引用したような、パンと焼いてからの時間経過についての記述は興味深かった。現代の日本では「焼きたてパン」の店が流行っているが、歴史的には自家製パンは2週間に1回あるいはそれ以上長い周期でしか焼かれないことが普通だったらしい。また、パンの劣化は複雑な現象で、むしろ1日くらい置いた方がおちつくという。カビの生えたパンであっても食べている地域すらある。また、パンは劣化しでも60度くらいで温めると回復するそうで、オーブンやトースターでの再加熱の習慣はそこから生まれたようだ。

 塩の混ぜ具合もポイント。1.5%くらいが標準だが、3%くらいにしたり、伝統的に塩を入れない場合もある。19世紀以降、砂糖を混ぜることが行われるようになり、特にアメリカは多めに入れる傾向がある。パンのほんのりした甘さは、普通は砂糖が後押ししている。

 各国別のパン事情も紹介してある。フランスは17世紀後半からパンの製法について厳格に規定し、自国のパンに対して絶対的な自信を持っている。ドイツにはライ麦パンの伝統が残る。トーストはイギリスのパン文化の象徴で、それがアメリカに渡って広がったという。アメリカのパン文化は元々はイギリスの影響が強かったが、今では様変わりしてフランスをはじめ各国からの移民によってもたらされたパン文化が生きている。

 現代では、工場で機械的に生産されたパンと、熟練工が作るパンがしのぎを削っている。大規模生産のパンは批判にさらされることが多いが、化学的な知見から新たな製法が生み出されたり、評判の高いパン職人にコンサルティングを依頼してその方法を取り入れたりしている。パンの文化は今後も変わり続けてゆくであろうと著者は最後に述べている。

 

単行本、192ページ、原書房、2013/8/26

 

パンの歴史 (「食」の図書館)

パンの歴史 (「食」の図書館)

  • 作者: ウィリアムルーベル,堤理華
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2013/08/26
  • メディア: 単行本