密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

図説 尻叩きの文化史

著:ジャン・フェクサス、訳:大塚宏子

 

 つくづく、世の中にはいろんな本があるものだと思う。なんと、「尻たたき」の歴史である。しかも、「図説」。全編白黒なのが残念であるものの、様々な尻叩きの絵がたくさん掲載されている。著者はフランスの弁護士。

 

 鞭打ちが修道院に初めて導入されたのは508年にアルルの聖セゼールが定めてからだという。その後、何世紀もかけて罪深き悩める子羊たちへの宗教上の過ちのリストは拡大。懲罰としての重みは増して制度化され、他の改悛と同列のものとなってゆく。やがては、難行苦行を味わう手段にもなる。


 修道院だけでなく、修道士が管理する学校においても、お仕置きとして尻叩きが行われるようになる。貴族であっても王子であっても、この規則からは逃れられない。15世紀から18世紀に渡って修道士が管理する寄宿学校ではおおいにさかんになった。親たちもしつけのために鞭をふるう。

 1960年代になっても、マルティネと呼ばれる鞭は百貨店で普通に販売されていて、フランスでは20万家庭がこれを有していたという。しかも、「自動尻たたき機」まであった(図入り)。

 スウェーデンでは1977年に「尻叩き禁止法」が成立したが、鞭打ちが根付くイギリスでは国を挙げた論争になり、裁判までおきた。当時の反対派は、尻叩きを受けて育った子供は暴力的になると強く主張している。


 尻叩きは、性的な行為や商売とも結びつく。修道院では、尻叩きは元々聖人の特権だったが、あまりに罪深き男女が多くなり過ぎたため、多くの人がこの仕事を担うことになる。 そうなると、中には、鞭打ちによって自分の動物的な部分を目覚めさせてしまう神父も出てくる。

 

 11世紀以降は修練の手段としても利用される。18世紀には「痙攣派」という、尻叩きのように互いに痛めつけあうことで救済を得ようとする一派まで登場する。書き残された当時の貴重な証言も紹介されている。

 尻叩きは医療分野でも大活躍する。古代ギリシャの哲学者セネカは、鞭打ちはマラリアや四肢の麻痺を治すと主張。中世ヨーロッパでは、便秘の治療、おねしょを治す、でん部の発達を促す、といった効能がうたわれた。

 19世紀になっても、血圧低下、不感症、インXテンツなどの治療に効果があると主張する医師達がいた。

 公の場で人が人を棒で打つ場面は、古代から絶えず繰り広げられていた。棒打ちは鞭打ちより重い別の刑で、しばしば死をもたらした。フランス革命によって、とんでもないほど尻叩きが横行。それが、特に被害の対象になった女性達がパンティをはく大きなきっかけとなった。

 有名なサド侯爵の名前も登場する。杖もまた、尻をたたく道具としてしばしば利用される。中国の話しも少しある。イランなどイスラム圏では今でも鞭打ちは刑罰として存在する。

 たくさん載っている図は、著者が収拾したものだということ。興味本位で手にとった本だが、西洋史における尻叩きの歴史の奥深さに、恐れ入ってしまった。スレスレのところで文化史としての体面を崩さず、同時に読者の好奇心をある程度満たしてくれる、変わった本である。

 

単行本、282ページ、原書房、2012/2/13

図説 尻叩きの文化史

図説 尻叩きの文化史

  • 作者: ジャン・フェクサス,大塚宏子
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2012/02/13
  • メディア: 単行本
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