密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものだと考えてきたので、このブログを立ち上げて日々読んできた本の備忘録として活用しています。

コンクールでお会いしましょう―名演に飽きた時代の原点

著:中村 紘子 

 

 ピアノコンクールについての話。著者は2016年にがんで亡くなった日本を代表するピアニスト。審査員としても、ショパン・コンクールやチャイコフスキー・コンクールをはじめとする国際的に有名な多くのコンクールに参加している。なんといっても、その審査員としての貴重な経験から直接見聞きしたエピソードやそこから得た知見が面白い。

 前半はピアノコンクールが広まるまでの簡単な歴史について。モーツァルトVSクレメンティのように、元々競演会は各地で行われていた。19世紀のロマン派の時代になってピアノという楽器が一応の完成をみて、さらにロマン派の台頭によって近代ピアニズムがリストを中心に盛り上がる。市民が音楽の普及を支える。

 20世紀に入り、天才ピアニスト達が次々登場する。さらに録音技術が進歩し、ミスもある即興的な要素の演奏が次第に遠ざけられ、正確でクリアな演奏が理想とされるようになる。

 1890年にロシアでアントン・ルビンシュタイン・コンクールが始まる。1927年にはショパン・コンクールが誕生し、それ以外にも次々コンクールが広がってゆく。

 バン・クライバーンのチャイコフスキー・コンクール優勝の騒ぎ。国を挙げて行われた旧ソ連のピアニスト育成とコンクール派遣。アジア勢の台頭。1980年から1990年にかけて世界各地のコンクールに登場しまくっていた2人のヨーロッパ人。コンクールの審査方法とその舞台裏。各国から集まった審査員同士のやりとりやこぼれ話。浜松国際ピアノコンクールを例に挙げての実際の進行。21世紀に入ってピアノの世界が大きく変わり始めたことにも触れている。

 有名なピアニストの名前も次々出てくる。個人的に、コンサートに足を運んで生で聴いたことのある人も何人もいた。特に、アレクセイ・スルタノフショパン・コンクールで1位ナシの2位(なぜ1位でなかったのかは当時から話題になった)になった直後の来日公演においてエネルギッシュで素晴らしい演奏を見せて、これは楽しみな若手が現れたと思っていたのに、その後の凋落ぶりと早すぎる死に驚いていたのだが、このような舞台裏があったのか、と思った。

 

文庫、201ページ、中央公論新社、2006/11/1

コンクールでお会いしましょう―名演に飽きた時代の原点 (中公文庫)

コンクールでお会いしましょう―名演に飽きた時代の原点 (中公文庫)