密林の図書室

人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものと考えており、このブログを立ち上げました。日々読んできた本の備忘録を兼ねた書評と内容の概要紹介及び読書感想をまとめたブックレビューのブログです。過去に別名でAmazonのレビュー欄に掲載したものとそちらには未掲載のものがあり、後者は「Amazonレビュー欄未掲載」タグをつけてあります。

東京の地下鉄路線網はどのようにつくられたのか

著:東京地下鉄研究会

 

 東京では明治36年(1903)に市電が開通。1920年には市電の総延長は100㎞を超えた。しかし、市電はキャパが小さく、速度も遅く、増え続ける人口と移動の需要に対応できないことが次第に明らかになる。市電は大混雑で各停留所では乗り切れない乗客があふれ、電車の外側につかまってぶら下がって移動するということも珍しくなくなる。東京に地下鉄が登場した背景には、人口の増加に伴うこのような深刻な問題があった。

 満州鉄道の総裁だった後藤新平に師事した早川徳次は、欧米を視察し、東京にも地下鉄が必要だと確信する。調査を重ね、東京は地盤が緩いし地下を掘ると水が出るから地下鉄には向いていないという反対の声を説得し、「東京軽便地下鉄道」の免許申請を行う。早川の反対派の説得によって地下鉄の知名度が高まり、さらに2社が地下鉄設置の免許を取得するという面倒な状況も生まれる。そして、早川は資金調達にも苦しむ。地下鉄は地上の鉄道に比べて10倍の建築費用が必要になるからだ。そこに大倉喜八郎が、大倉土木単独指名の請負契約にすれば工事費の支払いは完成後でよいという条件を提示する。

 苦労に苦労を重ねた末に、上野と浅草の間に地下鉄が誕生したのは昭和2年(1927)。当時の東京は人口が200万人を超えていた。自動改札、火災防止のための金属車両の採用、ATS(自動列車停止装置)の採用と、この東洋で最初の地下鉄は、最新の技術を採用した。開業初日には人々が殺到し、午前中だけで4万人を運んだ。延伸計画も資金繰りに苦しんだが、三越が集客目的のため「三越駅前」を作って駅やホームの広告スペースも無償にしてくれれば工事費の一部を負担すると提案する。松坂屋も援助と引き換えに上野から500mしか離れていない「上野広小路松坂屋前)」の設置を勝ち取る。銀座駅でも複数のデパートの援助を受けた。

 一方、電鉄王と言われた五島慶太も「東京高速鉄道」を作って渋谷・新橋間の工事に着工。早川と五島は対立する。根津嘉一郎らの仲介や佐藤栄作の仲裁などによって、2つの会社は合併。早川と五島は共に一線を退く。その後、国は「帝都高速度交通営団法」を交付して昭和16年以降は国と東京市が地下鉄経営の中心になる。

 戦後は丸の内線が誕生する。武蔵野台地の縁を通ることと土建機械の未発達により、工事は難航を極める。しかしこの路線は、現在はラッシュ時には1分半から2分間隔という日本一の高密度の運転を行っている。その後、荻窪線も作られ、昭和47年に丸の内線に名称が統一される。また、地下鉄が2本になったことから、従来の地下鉄は銀座線と名付けられる。

 日比谷線は最初から私鉄との相互直通運転を目指し、オリンピックに間に合わせるように計画された。東西線は混雑を極める国鉄中央線のバイパス路線として計画され、シールド工法を導入して軟弱な地盤と戦いながら作られた。次に作られた千代田線は、最後のひと駅の開通に5年を要した。有楽町線は軟弱な地盤と水との闘いに加え、住民の反対運動にも遭った。半蔵門線多摩地域と都心を結ぶ路線として計画され、建設に17年を要した。最初の開業区間は東急の車両を使用した。南北線車両基地の選定地がことごとく住民の反対運動に遭って苦労し、着工が遅れに遅れた。しかし、最新技術が次々投入される路線となった。副都心線は繁華街の下の難工事となった。

 増え続ける首都圏の人口への対応には営団地下鉄だけの対応では追い付かなくなったため、東京都交通局は独自でも地下鉄の整備・運営に乗り出す。こうして計画された都営浅草線は、ともに都心に駅のない京成電鉄京浜急行を結ぶ路線としての狙いを当初から持っていて、その後多様な路線が乗り入れるようになる。一方、都営三田線東武東上線東急池上線経由で東急田園都市線を結ぶ路線として計画されたが、この相互乗り入れ計画は私鉄側が営団との乗り入れを選択したために途中で挫折してしまう。これが原因で三田線は乗客数がもうひとつで長年赤字だったが、平成12年に東急目黒線と接続し平成20年には東急線への乗り入れが日吉まで延伸されたことで乗車料収入が増え、黒字に転換した。総延長40.7㎞と日本で一番長い大江戸線は、工事費を抑制するために徹底的に小さい車両とし、またそのために鉄輪式リニアモーターカーとした。既に多くの地下鉄路線が作られた後の工事となったため、必然的に深いところを掘ることになる。六本木駅は地下42.3mと日本で一番深い場所にある。

 巨大な大手町駅、複雑な新宿駅、幻の駅やホーム、留置線・短絡線・引き上げ線の解説もある。東京の地下鉄の歴史と奥深さと複雑さを知った。

 

単行本、207ページ、洋泉社、2017/2/1

 

東京の地下鉄路線網はどのようにつくられたのか

東京の地下鉄路線網はどのようにつくられたのか

  • 作者: 東京地下鉄研究会
  • 出版社/メーカー: 洋泉社
  • 発売日: 2017/02/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)