密林の図書室

日々読んでいる本の備忘録を兼ねた書評と内容の概要紹介のブックレビューのブログです。人生は短く、経験からのみ得られることは限られます。読書から多くのことを学び、アウトプット化も本との対話の一部として大切なものと考え、このブログを立ち上げました。過去に別名でAmazonのレビュー欄に掲載したものとそちらには未掲載のものがあり、後者は「Amazonレビュー欄未掲載」タグをつけてあります。

世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」

著:木村 泰司

 

 この本は、狙いはいいと思う。「美術史は欧米人にとって必須の教養であり、欧米社会における重要な共通認識、コミュニケーション・ツールです」「とくに、エグゼプティヴなポジションにいる方やその配偶者ほど、その地位に相応しい現地の方との社交からその必要性を痛感されているようです」というのは、けして大げさではないからだ。
 真摯にきちんと書かれてある。本来、美術が好きな人向けだった西洋美術史を、あえてビジネスマンの教養であるとして売り出しているところにこの本の目の付け所のよさがある。ただ、そのような本が一般書籍コーナーに並ぶことが少なかっただけのことで、実は西洋美術史に関する本は既に世の中にいくつも出ている。内容的に比較して、それら先行する本とこの本を比べて、これからこの本の購入を検討する人のために留意すべきであろう点を3つ挙げておく。

留意点1.最初の年表を除いて全部白黒印刷である
 近年の美術関連の本は全面的もしくは部分的にカラー印刷にしているものが多い。美術の分野の話なのだから、作品の写真についてはカラー印刷の方が好ましいのは当然である。しかし、この本は残念ながら最初の年表の1枚を除いて全て白黒印刷である。美術史の本であるにもかかわらず、原画を、わかりにくい白黒印刷だけで掲載されても、これではよくわからないだろう。文字の説明が重要なのはもちろんだが、だからといって作品そのものの写真の質を軽視してよいということにはならない。しかも、これはお安い本というわけはない。いまどき、これより廉価な新書や文庫でさえ、カラー印刷を採用している本は珍しくない。

留意点2.人名にも作品名にも、英名表記が無い
 美術展では、人名や作品名は英語併記が基本である。しかし、この本は、人名や作品名はカタカナだけで英語併記が全く見当たらない。たとえばゴッホは、「van Gogh」(ヴァン・ゴー)だから、カタカナ読みで「ゴッホ」と発音しても英米人には全く通じない。西洋美術史を扱っていて、しかも欧米人のエグゼクティヴの会話に加わるための教養としての西洋美術の重要性を強調しているにも関わらず、カタカナ表記しか書かない著者の姿勢には感心できない。世界に通じるビジネスエリートの教養としての重要性を説くのであれば、少なくとも最後の索引くらいには人物と作品名の英語表記をきちんと一覧記載すべきであるし、そのような手間は惜しむべきではない。

留意点3 印象派止まりでピカソすら登場しない
 本書で扱われているのは印象派までである。ピカソも、マティスも、クリムトも、ミロも、ダリも、キリコも、カンディンスキーも登場しない。ムンクシャガールも出てこない。現代のアメリカで人気のアンディ・ウォーホルも出てこない。たとえば、本書の終盤で言及されているMoMA現代アートの殿堂であることを考えても、あるいはピカソの「ゲルニカ」の社会的なインパクトの大きさを考えても、印象派以降の美術も西洋美術史として極めて重要な位置を占めているのだから、本書の扱いは片手落ちと言わざるをえない。ピカソすら無視しておいて、「世界のビジネスエリートが身につける教養」は言い過ぎだろう。

 ちなみに、このレビューを書いている時点でのこの本の定価は税抜きで1600円。実は、もう200円出すことで、西洋美術史の権威である池上英洋氏らの著によるオールカラー印刷の『いちばん親切な西洋美術史』(新星出版、下記リンク参照)が手に入る。そちらの方も英文表記は残念ながら欠けてはいるものの、カラーで、光沢紙で、印刷の質もよく、高コストパフォーマンスで、カラー写真による紹介作品数も多く、サイズも大きめで見やすく、扱っている年代も現代美術まできちんと含まれており、アール・ヌーボなども包含されている。歴史的な説明についても、少なくとも本書にけして劣っていないし、文章とビジュアルの両面から理解しやすくなっている。それに加え、レイアウトも見やすく読みやすく、わかりやすい。並べてみれば一目瞭然だが、西洋美術史の教養を身につけたいなら、客観的にみて、この本よりも、そちらの方が明かに優れている。

 この本は、ビジネスマンを狙ったというマーケティング的な視点が優れているだけのことで、美術関連の本を何冊も読んできた立場から言わせてもらうと、中身自体は他の西洋美術史の本と比べて特別優れているということはないように思われる。

 

単行本、256ページ、ダイヤモンド社、2017/10/5

 

世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」

世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」

  • 作者: 木村泰司
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2017/10/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

▼私のおススメは、この本よりもこちらの方です(理由は上記レビュー参照)▼

いちばん親切な 西洋美術史

いちばん親切な 西洋美術史

  • 作者: 池上英洋,川口清香・荒井咲紀
  • 出版社/メーカー: 新星出版社
  • 発売日: 2016/07/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)